日本人のための第一次世界大戦史 - 板谷敏彦

 著者いわく「アメリカやイギリスと同じ側に立って戦った第一次世界大戦の日本人の記憶は、今度は彼らと敵対した第二次世界大戦の敗北によってほとんどかき消されているのではないでしょうか?」、「ところが私の知る限り、日本人の歴史的知見は日露戦争の後、いきなり第二次世界大戦に飛んでしまう」。

 言われてみれば確かに第一次世界大戦の印象は薄い。日露戦争はたまに聞く、第二次世界大戦については嫌というほど話題に上がるし、関東大震災は忘れない。じゃぁ、第一次世界大戦は?と言われると困ってしまう。この本ではそんな印象の薄い第一次世界大戦について、その前夜から大戦中、戦後までをテーマ単位でわかりやすくまとめた本。

第一次世界大戦の印象

 地味とはいっても多少なりともイメージはある。なんかヨーロッパの方でドタバタしていた間に、極東では鬼の居ぬ間になんとやらと、日本がいろいろやらかしてた。正直そのくらいの印象しかない。

 そもそも大正期を描いたようなドラマや小説なんかでも、関東大震災が起こって一区切りみたいなのがよくあるけど世界大戦の話題が出てきたような気がしない。せいぜい会話の何処かで「ヨーロッパでは云々」みたいに説明されるのが関の山じゃなかろうか。

大戦前夜

 本書では、世界が大戦に突入する少し前のところから話が始まる。とくにピックアップされるのは技術的なと経済的な変化。

 技術的な変化では、蒸気機関、鉄道、電信技術の発展、自動車や航空機、そのための石油採掘など。経済的な変化では、技術的な変化を下敷きにして世界が急速に近くなったため起きるグローバル化。また、マスメディアと呼ばれる新聞やラジオの登場などの今に繋がる様々な要素が急速に登場した時代らしい。

 さらっと挙げてるけど、それぞれが世界を変えるレベルの発明だったり変化過ぎて頭が痛い。こうして列挙されると、この時期を境にどれだけ社会が変化したんだろうかとびっくりする。最近よく「明治維新が起きてN年でこういうことが起こった」とかいう話があるけど、どれだけの技術革新があったのか。

 本書では特に世界大戦直前の戦争であるドイツ統一戦争、普仏戦争日露戦争などを取り上げて以前以後をわかりやすくまとめている。なにせ全13章中、5章丸々つかってるレベル。

人の意識は早々変わらないんだろう

 自分の印象だと、これらの結果として第一次世界大戦はそれ以前の戦争(例えば日露戦争)と全く別物になってしまった。そして当時の人たちにとっては何がどう変わってしまったかが分からないまま戦争に突入し、世界大戦の規模まで膨れ上がってしまったんだろうと感じる。

 また、筆者はこの当時の状況と急速な技術の発達に伴って世界のグローバル化が一段と進んでいる今の世界の状況には類似性があることを指摘している部分は気をつけたい。

大戦勃発

 サラエボ事件は歴史で覚えさせられるし、インパクトがでかいので覚えている。ただ、じゃぁなぜそんな事件が起こったのか、と言われるとぼやーっとした印象しかないのが正直なところ。なんでそんなところで殺されるねん的な。

 要するとそれ以前から火種はくすぶっていたんだよねという当たり前の話なんだけど、本書では段階を踏んで説明してくれるのですんなりと頭に入りやすい。とくにドイツは結構前の段階からやる気満々だったり。

国民意識とマスメディア

 この辺の話で気になったのは、国民意識とマスメディアの話。マスメディア(当時の新聞など)が国民感情を扇動して云々、世論に押される形でなし崩し的に自体が進んでいく云々。この本の至るところで、そういった場面が描かれる。

 特に大戦勃発直前、1914年の幻想と表現されているように「各国はグローバル化によって、密接に影響しあっているので、今更戦争なんて不合理なことはおこらないだろう」という空気感は、マスメディアが流した誤報国民感情を刺激するように加熱していく報道などであっさりとひっくり返っていき、戦争指導者たちが押しとどめようにも止まらない流れの中で国民を総動員した戦争へと突き進んでいく。

 これは第二次大戦中の日本で新聞各社が大本営発表にそった嘘の報道をしていたのとは別の意味で恐ろしい話に聞こえる。

 なんか今と似てるなぁっと思わなくない。今ではマスコミだけじゃなく、インターネットなんかでも平気で世論が加熱して暴走状態になっていくこともよく見かけるけど、それに近いんじゃなかろうか。

世界大戦

 この後、本書は塹壕戦による戦線の膠着と戦争の長期化、日本の極東での帝国主義的な対中制作と日本の参戦、各国での総動員体制への移行、戦争と経済などへと話が移っていく。

 塹壕戦というと第二次大戦のイメージが強かったけど、この時期でも相当膠着した状態だったっぽい。特に航空機も戦車も未発達だったせいでお互いが容易に突破できなくて、いたずらに被害が拡大してく。

 なんどもなんども突破のための一大攻勢を実施しても戦果はなく、消耗戦が繰り広げられる。損失1万5,000人で9キロの前進を計画していた作戦が、蓋を開ければ18万7,000人の損失を払いながら500メートルしか前進できないとか、なにがどうなってそうなってしまったのか表現できないレベルの消耗戦。ほんと、これどうやって終わらせるつもりだったんだろうと後の世に生きる人間としてはひどくげんなりしてしまう。

 一方海ではドイツ軍のUボートによる無差別に商船を攻撃する無制限潜水艦作戦とそれに対抗するイギリス海軍護送船団方式の確立と海上封鎖などが進んでいく。

 全般を通せば、はじめは好調だったドイツ軍が塹壕戦などによって膠着状態に陥って次第にジリ貧になっていくという構図ができていく。そういう構図をその後の歴史でも見たような気がするな。

 もちろんドイツだけでなく、参戦する英仏露をはじめとする各国も総動員の結果の国力や士気の低下などからにっちもさっちも行かなくなってくる。

 また、陰謀論なんかでよく登場するユダヤ資本もこの時期に勢力を伸ばしたところが多いらしい。一方で国の中でも不安定な立場だったユダヤ人たちは国への忠誠心を表すため戦線へ赴くことも多かったらしい。

ヨーロッパ戦線と日本人

 ちょうどこの頃、日本の海軍が連合国側として地中海に派遣されてドイツのUボートと戦っていたらしい。実はこの話は本書の「はじめに」の冒頭で紹介されてるんだけど、正直びっくりする。

 ほかにもフランス軍パイロットとして活躍したバロン滋野こと茂野清武というひともいたらしい。音楽留学していたはずが、なぜか航空機パイロットになってる人で、しかも大戦前に一度日本に帰ってきているのに、大戦後再度フランスに行ってパイロットとして活躍したらしい。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%8B%E9%87%8E%E6%B8%85%E6%AD%A6?wprov=sfla1

終戦とその後

 最終的にはアメリカの参戦とドイツの全力を上げた一大攻勢の失敗、それによる求心力低下による同盟国の瓦解、降伏。この辺もどこかで見たことがある気がしないでもない。

 理想主義者として描かれるアメリカのウィルソン大統領によるドイツの戦後賠償の免除を巡る外交戦と、そんなん知るかよな連合国の駆け引き。実際に参戦してしまうと民意を抑えきれなくなるウィルソン大統領。ドイツ不在のままで進んでいくパリ講和会議ベルサイユ条約とドイツの解体と返済不可能な多額の賠償。そしてそれは次の世界大戦への火種として残っていくのであった。

 また、対ドイツとの戦争が終わった後も日本は意義の見えないシベリア出兵に突入したり、オスマン帝国が崩壊したり、スペイン風が流行ったり関東大震災が起こったりと全く火種がきえる気配がない。

 そんな普通のドラマなら第一部バッドエンドからの第二部を予感させる展開が現実に起こって行くのがどうしようもない。このときもう少しどうにかなっていれば第二次世界大戦は起きなかったのかと言われれば、多分それは無理でしょうとしか言えないのだけど、少し考えてしまう。

まとめ

 この本は年表形式ではなく、それぞれのエピソードごとにまとめてくれているのがわかりやすい。特に世界大戦はいろんな国と地域で同時並行でいろんなことが起こるので正直つながりがよくわからなかったけど、でストーリーが追いやすいのが素晴らしい。

 また、本書では各種統計、グラフ、地図、写真などが適度に差し込まれるので込み入った内容がわかりやすくなっているのもいいポイント。参考文献も豊富なので詳しく知りたい場合はそちらの方に。

 刊行自体も2017年10月とつい最近なので文中には最近の国際情勢に触れられた箇所も多く、100年前のことをより身近に感じることができる。

 できれば同じような作りで第二次世界大戦の本が読みたい。あれも色んなところでいろんなことが起こりすぎてて、しかも当事者としての日本の記述が多すぎて、正直全体がよくわかっていないのよね。

温故知新?古きを訪ねて

 しかし、ほんとに人間変わらねぇなぁという気持ちが湧いてくる。確かに作者が指摘するように第一次世界大戦前夜の状況と今の状況は結構似ているところがあるような気がする。

 技術の急速な発展に伴うグローバル化、インターネットを含むメディアの発達とその暴走、一部の帝国主義的な動向、そして「戦争なんか起きないよ、やるやる詐欺乙」というような言われてみれば根拠のない幻想。

 そういう「現代」の100年前になにが起きて、どういう過程をたどり、どうなったのかということを知るためには非常にいい本だと思う。