傾いた天秤

 昔々あるところに、今では名前も伝わっていない小さな国がありました。その国では、王様の前の、そのまた前の、もっと前の、この国を作った王様の時代から伝わった天秤がありました。

 天秤は最初の王様が「この国は公平な、しっかりとした良い国になりますように」と願って作らせたものでしたので、みんながいつでも見られるようにお城の玄関に飾ってありました。そうしてこの小さな国は、最初の王様の、その次の王様の、そのまた次の、もっと次の王様まで小さいながらもしっかりとしたお城と、優しい人たちがすむ良い国でした。

 そんなある日、お城で働く女がほんの少しですが天秤が傾いていることに気が付きました。しかし女はすぐにきっと見間違いだろうと忘れてしまいました。しばらくして、今度は子供が天秤が傾いていることに気が付きました。また別の女が、別の男がそうこうするうちに、みんな天秤が傾いていることに気が付き始めました。

 困ったのは王様や大臣たちです。天秤はお城の玄関に飾ってありましたので、この天秤が傾いているとひどく格好が悪かったのです。なんだか国自体が傾いているような居心地の悪さがありました。さっそく王様や大臣たちは、この傾いた天秤をどうしたらいいかを相談し合いました。

 ある人は天秤が傾いたのは天秤が壊れたからに違いない、早速職人を呼んで修理させようと言いました。ですが最初の王様の時代から受け継がれた由緒ある天秤を身分の低い職人に触らせるのは良くない、分解させて壊れたらどうするといって反対されました。

 別のある人は天秤が傾いたのなら傾いた方の反対側にほんの少しだけ重りを入れれば元の通りになると言いました。やってみると確かに天秤は釣り合いの取れた元の通りの天秤に戻りましたので、王様と大臣たちはほっと胸をなで下ろしました。

 ですが、しばらく立つとまた少しずつ天秤が傾いていきます。王様と大臣たちは天秤が傾くたびに少しずつ重りをのせていきました。重りを乗せると天秤は元通りの釣り合いの取れた天秤に戻りましたが、やっぱりしばらくすると少しずつ傾いていきました。

 ある人が天秤が傾いたのは誰かがいたずらしたに違いない、今後いたずらされないように兵士に厳重に監視させようと言いました。それから天秤は兵士たちに厳重に監視されましたがいたずらをしているところを見つけることはできませんでした。

 少し傾いては重りをのせ、少し傾いては重りをのせと繰り返すたびに、だんだん王様はこの天秤が疎ましく思えてきました。天秤が傾くたびに国がだめになっていくような気がしたのです。

 とうとう業を煮やした王様はこの天秤をお城の玄関から鍵のかかった誰も使わない部屋に移してしまいました。天秤のない玄関をみて王様は久しぶりにせいせいした気持ちになりました。大臣たちも傾いた天秤のことを気にする必要もなくなりやっと安心した日々を送れるようになりました。そうしてみんなは天秤のことなどすっかり忘れてしまいました。

 ある日、そんな噂を聞いた旅人がこの国にやってきました。旅人はその天秤を是非みたいとみんなに聞いて回りましたが、もうその天秤がどこにあるのか知っている人はいませんでした。みんな傾いた天秤のことなんかすっかり忘れてしまっていたのです。結局旅人は天秤を見ることを諦めて、小さな国を後にしたのでした。

 旅人はやっぱりその天秤が気になって、何年も経ったあと、もう一度その小さな国を訪ねてみたそうです。ですが、次に訪ねたときには、あのしっかりとしたお城も優しい人たちも見つけることはできませんでした。ですが、きっと傾いた天秤だけはどこか人知れずしまい込まれていたままなんでしょうということでした。