「買い物弱者とiPadの話」って話を読んで思ったこと

この話の中でいうと、パッと思いつくのはAmazonがやってたダッシュボタンで、一度設定さえしてしまえばボタンを押すと必要なものが勝手に届きますってソリューションだと思うんだけど、どちらかというと本当の問題は孤立する老人みたいな視点な気がするんよな。

わからない、知らないことがあっても結局誰にも聞けず、教えあうこともできずにいるってのがネックになっていて、本当に必要なのはコミュニティでしたみたいな気がしないでもない。そういうものをパソコン教室的なものに期待するのも難しそう。

あとは車の免許がなくても、車を運転できなくてもバスや電車を使えるように、パソコンなんかを使わずにインターネットの利点を享受できるインフラ整備って話は魅力的だけど、バス会社でさえ赤字になって事業継続が難しくなる世の中だしな。そういう事業をおこなうモチベーションは相当低い気がする。

話の中でも電話注文とか地域の配達がって話があるけど、各地に点在する買い物弱者って構図だと事業として成立しないのでちゃんとした配達料を追加で払うとか、いろんなところで実証実験やってるドローン配達に期待するかなんだろうけど、それができないうちは人が多い都会に引っ越して買い物難民を回避するってのが実利としてはいいんだろうなぁ。

それすら難しいとなると、ほんとうになんとも難しいけど。

で、まぁそれはそれとして。こういう話を聞くと他人事、新しい技術に追従できていない怠け者みたいなイメージで語られる側面があると思うんだけど、正直そんな認識でいいのかっていう危惧はあるんよね。

例えば、いまある程度普通にPC使えてる自分でも、あと20年後くらいに脳波で操作するデバイスが出てきたとして、うまく操作ができずにぐぬぬ…ってなる可能性もある。で、結局マウスとキーボードが一番なんじゃ!って切れ散らかしてる可能もある。いや、実はそれに近い事例は意外とあって。

今でも、PCに詳しい、いつも使ってると思う人たちが、音声入力やタッチパネル、サンドボックス化されたOSみたいなものに拒否感を持ってたりするのを見聞きするし、無人レジが空いているのに有人レジに並んだり、音声アシスタントに拒否感を持ってたりする人もいる。

もちろん、それぞれに意味や考え方があるのはわかるんだけど、この延長線上にいつまでたってもFAX使ったり、ネットで買い物できなかったり、電子マネー使えなかったりするような人ってのがいる気がするんよな。そう思うと、一概にデジタル機器使えない老害みたいな風に他人事には思えないので、そうならないようにしたいし、何がしか考えていきたいな。